犬の僧帽弁閉鎖不全症|咳・疲れやすさのサインから検査・治療・日常管理まで獣医師が解説
「最近よく咳をする」「散歩で疲れやすくなった」——シニア期の小型犬でこうした変化が出てきたとき、背景にあることが多いのが僧帽弁閉鎖不全症という心臓の病気です。
完治させることは難しい病気ですが、早く見つけて管理を始めれば、進行をゆるやかにして元気な時間を長く保てます。実際、診断から数年間、穏やかに過ごしている子はたくさんいます。逆に、咳を「年のせい」と見過ごしているうちに肺に水がたまり、緊急で来院されるケースもあります。
この記事では、病気のしくみ、初期に気づけるサイン、動物病院で行う検査、治療と日常管理までをまとめました。
僧帽弁閉鎖不全症とはどんな病気か
心臓は4つの部屋に分かれており、左心房と左心室の間にあるのが僧帽弁という弁です。この弁が加齢や遺伝の影響で変形し、きちんと閉じなくなるのが僧帽弁閉鎖不全症です。
弁が閉じきらないと、全身へ送り出されるはずの血液の一部が左心房へ逆流します。ポンプとしての効率が落ちるため、心臓はより強く働こうとして少しずつ大きくなっていきます(心拡大)。さらに進むと、行き場を失った血液の圧が肺の血管におよび、肺に水がたまる肺水腫を起こすことがあります。
進行はゆっくり。だから気づきにくい
この病気は年単位でゆっくり進みます。初期はまったく症状が出ないことも多く、健康診断の聴診で偶然見つかることも珍しくありません。「元気そうだから大丈夫」と思っている間にも、心臓の変化は少しずつ進んでいます。
なりやすい犬種と年齢
とくに小型犬に多く見られます。
- キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル
- チワワ
- ポメラニアン
- トイ・プードル
- マルチーズ
- シーズー
発症は7歳以上の中高齢犬が中心ですが、キャバリアのように遺伝的な素因が強く、若いうちから心雑音が出る犬種もあります。該当する犬種であれば、症状がなくても年1回の聴診を受けておくと安心です。
初期に気づけるサイン
- 軽い咳が出るようになった
- 散歩の途中で座り込む、歩きたがらない
- 寝ている時間が増えた
- 少しの運動で息が荒くなる
なぜ咳が出るのか
心臓が大きくなると、すぐ上を通っている気管を押し上げて圧迫するため、乾いた咳が出ます。特徴的なのは、興奮したとき、夜間から明け方に出やすいことです。「夜中にコホコホする」という訴えは、心臓を疑う重要な手がかりになります。
ただし咳の原因は心臓だけではありません。気管虚脱や呼吸器の病気でも似た咳が出ます。
→ 犬や猫が咳をしているとき|考えられる原因と受診の目安
→ 犬がガーガー咳をする?気管虚脱のサインと生活の注意点
【チェックリスト】すぐに受診すべきサイン
次の症状は心臓への負担が大きくなっている可能性があります。ひとつでもあれば早めにご相談ください。
- 咳の回数が明らかに増えてきた
- 安静時の呼吸が速い(寝ているときに1分間で40回以上が目安)
- 舌や歯ぐきが紫色っぽい(チアノーゼ)——緊急です
- 眠っているときにゼーゼー、ヒューヒューと音がする
- お腹を使って苦しそうに呼吸している——緊急です
- 失神した、急にふらついて倒れた
- 食欲が落ちてきた、体重が減ってきた
安静時の呼吸数は、おうちで測れるいちばん有用な指標です。眠っているときの胸の動きを15秒数えて4倍してください。ふだんの数字を知っておくと、増えたときにすぐ気づけます。
当院で行う検査
聴診
まず心臓の音を聞き、逆流による心雑音の有無を確認します。雑音の大きさや性質は、進行度を推測し、次にどの検査が必要かを判断する出発点になります。
レントゲン検査
心臓の大きさと形、肺の状態を確認します。心拡大の程度を数値化して記録しておくと、次回以降との比較ができます。肺水腫が起きていないかの確認にも欠かせません。
心臓超音波(心エコー)検査
逆流の程度、弁の状態、心臓のポンプ機能を直接観察します。治療を始めるタイミングを決める、いちばん重要な検査です。心雑音があっても薬がまだ不要な段階か、すでに開始すべき段階かは、この検査で判断します。
血液検査
心臓への負担を反映する心臓マーカー(NT-proBNPなど)を測定できます。あわせて腎臓や肝臓の状態も確認します。心臓の薬は腎臓に影響することがあるため、治療前に腎機能を把握しておくことが重要です。
費用について:検査の組み合わせによって変わります。事前に内容と費用をご説明してから進めますので、お電話でお気軽にお問い合わせください(TEL: 055-269-5539)。
病気の進行段階
初期(心雑音はあるが症状なし)
健診で心雑音が見つかった段階です。症状はほとんどありません。この時点では投薬せず経過観察となることも、心エコーの結果によっては薬を始めることもあります。この段階で見つかるのが理想的です。
中期(症状が出始める)
心臓が大きくなり、咳や呼吸の乱れが目立ってきます。散歩を嫌がる、夜間の咳が増えるといった変化が出ます。投薬による管理が中心になります。
末期(心不全)
肺水腫による呼吸困難が起こりうる段階です。入院して酸素室で管理し、利尿薬で肺の水を抜く治療が必要になることもあります。ここを乗り越えれば、また自宅で過ごせるようになる子も多くいます。
治療
投薬による管理が中心
進行度に応じて、心臓の収縮を助ける薬、血管を広げて負担を減らす薬、水分を排出する利尿薬などを組み合わせます。これらは症状をやわらげるだけでなく、心臓が大きくなるスピードそのものを抑える働きがあります。
薬は一度決めたら終わりではなく、定期的な検査で状態を確認しながら調整していきます。自己判断で中断しないでください。調子がよいのは薬が効いているからで、やめると急激に悪化することがあります。
入院が必要になる場合
肺水腫を起こしている場合は、酸素の供給と点滴による管理が必要です。呼吸が苦しい状態は体力を大きく消耗するため、早く介入するほど回復も早くなります。
ご家庭でできる日常管理
運動は「やめる」のではなく「調整する」
まったく動かさないと筋肉が落ちて、かえって体力が低下します。距離と速度を落とし、咳が出たらすぐ休ませるのが基本です。夏場の散歩や、階段の上り下り、興奮しすぎる遊びは避けてください。
体重管理と食事
体重が増えれば、その分だけ心臓が送り出す血液量も増えます。適正体重の維持は、薬と同じくらい重要です。塩分を控えた心臓病用の療法食も選択肢になります。おやつは塩分が高いものが多いので、種類と量を見直してください。
環境とストレス
室温と湿度を一定に保つと呼吸が楽になります。興奮は心拍数を上げて心臓に負担をかけるため、来客時などに落ち着ける場所を用意しておくとよいでしょう。
定期検査は3〜6か月ごと
症状が安定していても、心臓の状態は変化します。定期的に検査を受け、そのときの状態に合った薬の量に調整していくことが、長く元気でいるためのカギです。
→ 犬・猫の健康チェック完全ガイド|毎日の観察と触診、定期健診の頻度と内容
よくあるご質問
Q. 心雑音があると言われましたが、症状はありません。治療は必要ですか?
心雑音イコール投薬開始、ではありません。心エコーで心臓の大きさと逆流の程度を確認し、薬を始めたほうがよい段階かどうかを判断します。まだ早い段階なら定期的な経過観察になります。
Q. 余命はどのくらいですか?
もっとも多いご質問ですが、一概には言えません。見つかった段階、進行の速さ、他の病気の有無、そして治療への反応で大きく変わります。心雑音だけの段階で見つかり、数年間まったく症状なく過ごす子も多くいます。逆に心不全を起こしてからでは、管理の難しさが変わってきます。だからこそ早期発見が意味を持ちます。
Q. 手術という選択肢はありますか?
僧帽弁の外科手術を行っている専門施設は国内にあります。ただし適応となる条件、年齢、体格、費用、術後管理など検討すべき点が多く、すべての子に勧められるものではありません。ご関心があれば、その子の状態をふまえてご説明し、必要に応じて紹介先をご案内します。
Q. 咳止めを飲ませれば咳は止まりますか?
心臓が原因の咳には、一般的な咳止めはほとんど効きません。心臓への負担を減らす薬を使ってはじめて咳が落ち着きます。咳の原因を確かめないまま咳止めだけを続けると、悪化に気づくのが遅れます。
まとめ
- 僧帽弁閉鎖不全症は、弁が閉じず血液が逆流することで心臓に負担がかかる病気
- 7歳以上の小型犬に多く、キャバリアは若齢でも注意
- 初期サインは夜間や興奮時の乾いた咳、疲れやすさ
- 安静時の呼吸数はおうちで測れる最良の指標。増えたら受診を
- 完治は難しいが、早期から管理すれば進行を抑えて長く元気に過ごせる
- 薬の自己中断は危険。定期検査は3〜6か月ごとに
南アルプス市を中心に、甲府市・韮崎市・中央市・昭和町など周辺地域で、愛犬の咳や呼吸、疲れやすさが気になる場合は、アルプス動物病院までお早めにご相談ください(TEL: 055-269-5539)。
この記事の監修:アルプス動物病院 院長
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