犬の前庭疾患|急なふらつき・首の傾き・眼振のサインと回復までの経過を獣医師が解説
「昨日まで元気だったのに、急に立てなくなった」「首が傾いたまま戻らない」「目が小刻みに揺れている」「同じ方向にぐるぐる回る」——ある朝突然こうなっていて、脳卒中ではないかと慌てて来院される。前庭疾患は、そういう形で出会うことの多い病気です。
見た目の衝撃が大きいので、「もうだめかもしれない」と覚悟される飼い主さんも少なくありません。ですが高齢犬に多いタイプは、数日から数週間で自然に回復していくことがほとんどです。
一方で、脳の病気が原因のこともあり、その見分けが重要になります。この記事では、症状の意味、見分けのポイント、回復までの経過、そして回復期の介護までをまとめました。
前庭疾患とは
前庭は、体の傾きや回転を感知してバランスを保つしくみです。耳の奥(内耳)にあるセンサーと、そこから情報を受け取る脳の一部で成り立っています。
ここに異常が起こると、脳が「体が傾いている」と誤った情報を受け取り続けます。その結果、まっすぐ立とうとして傾き、まっすぐ歩こうとして回ってしまうのです。
目の動きとも連動しているため、眼振(眼球が小刻みに揺れる)が起こります。そして人のひどい乗り物酔いと同じ状態なので、気持ち悪くて吐いてしまうことも多くあります。
よく見られる症状
- 首が一方向に傾いたままになる(斜頸)
- 急にふらついて立てない、立ってもすぐ倒れる
- まっすぐ歩けない、同じ方向にぐるぐる回る
- 眼球が小刻みに揺れる(眼振)
- 吐く、よだれが出る、食欲が落ちる
- 不安そうに鳴く、動くのを嫌がる
症状は発症直後がいちばん強く出ます。立てずに転がってしまう状態を見ると絶望的に思えますが、ここがピークであることが多いと知っておいてください。
原因は大きく2つ — ここが重要です
同じ症状でも、原因がどこにあるかで経過がまったく変わります。診察ではまずここを切り分けます。
末梢性(耳が原因)— 多くはこちら
内耳のセンサー側に問題があるタイプです。
- 特発性前庭疾患:原因がはっきりしないもので、中高齢の犬に多く「老犬の前庭疾患」とも呼ばれます。もっとも多いタイプで、時間とともに回復していきます
- 内耳炎・中耳炎:外耳炎を繰り返している子では、炎症が奥まで広がって前庭に影響することがあります
→ 犬猫の外耳炎|耳をかく・頭を振る原因と繰り返さないための耳ケア
中枢性(脳が原因)— 慎重な対応が必要
脳の側に問題があるタイプで、腫瘍、炎症、出血などが背景にあります。こちらは精密検査と専門的な治療が必要になります。
見分けのポイント
次のような所見があると、中枢性を疑います。
- 意識がはっきりしない、呼びかけへの反応が鈍い
- 顔面の麻痺がある(片側のまぶたが閉じない、口角が下がる)
- 手足の力が入らない、ふらつき以外の麻痺がある
- 眼振が縦方向に揺れる、首を動かすと揺れる向きが変わる
- 日を追って悪化していく
逆に、ふらつきと首の傾きと眼振だけで、意識ははっきりしていて、翌日以降少しずつ良くなっている——これは末梢性、とくに特発性の典型的な経過です。
【受診の目安】
前庭疾患を疑う症状が出たら、基本的には当日中にご相談ください。自己判断で様子をみてよい症状ではありません。
とくに次の場合は急いでください。
- ぐったりして意識がはっきりしない
- けいれんを起こした
- 顔が片側だけ動かない
- 何度も吐いて、水も飲めない
- 症状が時間ごとに悪くなっている
連れてくるときは、無理に歩かせないでください。転倒してぶつけると二次的なけがにつながります。大きめのタオルやクッションで体を包み、横になった姿勢のまま運んでください。
当院での診察
まず神経学的検査を行います。眼振の向きと性質、首の傾き、姿勢を戻す反応、顔面神経の働き、意識レベルを確認し、末梢性か中枢性かを判断します。道具を使わない検査が中心なので、体への負担はありません。
あわせて耳の中を観察し、中耳炎・内耳炎の可能性を確認します。血液検査では、甲状腺の病気や代謝の異常など、ふらつきを起こす別の原因を除外します。
中枢性が疑われる場合は、MRIなどの画像検査が必要になるため、専門施設をご紹介します。
来院前にスマホで動画を撮っておいていただけると、とても役立ちます。眼振は数日で消えることがあり、診察時には収まっていることも多いためです。顔を正面から撮ったものと、歩く様子の2つがあると理想的です。
費用について:検査の内容によって変わります。事前にご説明してから進めますので、お電話でお気軽にお問い合わせください(TEL: 055-269-5539)。
治療と回復までの経過
特発性の場合
原因そのものを治す薬はありません。つらい症状を和らげながら、回復を待つのが基本です。吐き気止めや、めまいを抑える薬を使います。食べられない、水が飲めないという場合は点滴で支えます。
経過の目安はこうです。
- 発症〜2日目:症状がもっとも強い時期。立てないこともあります
- 3日〜1週間:眼振が消え、吐き気が落ち着いてきます。支えれば立てるように
- 1〜3週間:ふらつきながらも自力で歩けるようになります
- 数週間〜数か月:ほぼ元の生活に戻ります
首の傾きだけが少し残ることがあります。見た目は気になりますが、本人は適応して普通に生活できるので、心配しすぎなくて大丈夫です。
内耳炎・中耳炎が原因の場合
抗菌薬などで炎症の治療を行います。もともと外耳炎を繰り返している子では、その背景(アレルギーなど)の管理も並行します。
回復期の介護 — ここが飼い主さんの出番です
この病気は、薬より数日間の支え方で経過が変わります。
けがをさせない
- 床にマットやカーペットを敷く。滑ると余計に転びます
- 家具の角や壁にクッションを当てる
- 階段や段差には近づけない。ゲートを置く
- サークルで行動範囲を限る。広い場所のほうがかえって危険です
食事と水
頭を下げる姿勢がつらいので、食器を顔の高さまで上げると食べやすくなります。台の上に置くだけで変わります。
吐き気が強い時期は無理に食べさせないでください。水だけは少量ずつこまめに。丸1日以上まったく食べない場合はご連絡ください。
体勢と床ずれ
自分で動けない間は、数時間おきに体の向きを変えてください。同じ姿勢が続くと床ずれができます。厚みのあるマットを使うと負担が減ります。
トイレ
自力で姿勢を保てない間は、タオルやハーネスでお腹を支えてあげてください。間に合わないことも増えるので、ペットシーツを広めに敷いておくと世話がしやすくなります。
静かな環境で休ませる
めまいがある状態では、動きや音の刺激がつらく感じられます。暗めで静かな場所に寝床を作ってあげてください。
よくあるご質問
Q. 脳梗塞や脳卒中ではないのですか?
人の脳卒中を思い浮かべて心配される方が多いのですが、犬では人ほど脳梗塞は多くありません。突然のふらつきと首の傾きで来院される子の大半は、耳が原因の前庭疾患です。ただし脳の病気の可能性を完全に否定はできないので、神経学的検査で確認します。
Q. 高齢なので、もう治らないのでしょうか
特発性前庭疾患は高齢犬に多いからこそ、回復するタイプが大半です。発症直後の姿を見ると絶望的に感じますが、多くは数週間で日常生活に戻ります。年齢だけを理由に諦める判断はしないでください。
Q. 再発しますか?
特発性では再発することもありますが、多くは一度きりです。耳の炎症が原因だった場合は、そちらの管理を続けることが再発予防になります。
Q. 猫でも起こりますか?
起こります。猫では耳のポリープや中耳炎が原因のことが比較的多いのが特徴です。首が傾いている、ふらつくという場合は、犬と同じく早めにご相談ください。
Q. 後ろ足のふらつきとは違うのですか?
別の病気です。首の傾き・眼振・吐き気を伴うなら前庭系、背中を痛がり後ろ足だけが弱いなら椎間板ヘルニアを疑います。見分けは診察でつきます。
→ 犬の椎間板ヘルニア|初期の痛みのサインから重症度・手術の判断・再発予防
まとめ
- 前庭はバランスを司るしくみ。異常が起こると首の傾き・ふらつき・眼振・吐き気が出る
- 原因は末梢性(耳)と中枢性(脳)に分かれ、経過がまったく違う
- 高齢犬に多い特発性は、数日〜数週間で回復していくことがほとんど
- 意識がおかしい・顔が麻痺する・日を追って悪化するは中枢性を疑うサイン
- 発症直後が症状のピーク。首の傾きだけ残ることがあるが、生活に支障はない
- 回復期は転倒防止・食器を高く・体位変換の介護が効きます
- 眼振は消えやすいので、動画を撮っておいてください
南アルプス市を中心に、甲府市・韮崎市・中央市・昭和町など周辺地域で、愛犬・愛猫の急なふらつきや首の傾きが見られた場合は、無理に歩かせず、アルプス動物病院までお電話ください(TEL: 055-269-5539)。
この記事の監修:アルプス動物病院 院長
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